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仙之助編 十二の一から十二の十二まで

仙之助編 十二の一

 サイオト号の日本人移民たちが、胸を躍らせてホノルルに上陸した一八六八年六月二十日は、旧暦慶応四年の五月一日にあたる。

 五箇条の御誓文により新政府の樹立が内外に宣明され、江戸城は開城していたが、元号は改まっておらず、都は京都のままであった。

 新政府の大久保利通が首都移転の検討のため、大阪から蒸気船で横浜港に到着したのが、同じ日のこと。翌日、大久保は江戸に入っている。

 江戸が東京に改称するのは一八六八年九月三日(旧暦慶応四年七月十七日)、年号が明治にあらたまるのは同年十月二三日(旧暦明治元年九月八日)である。

 サイオト号が出帆した時、横浜は新政府の支配になっていたが、元号はまだ明治になってはいなかった。明治元年の移民ということで、彼らが「元年者」と呼ばれようになるのは、後のことである。上陸した日本人たちは、移民局で人員の確認などが行われただけで、旅券の不所持がとがめられることはなかった。彼らの通訳をかってでた仙之助も、役人たちは移民のひとりと思ったのであろう。密航者として怪しまれることはなかった。日本人移民の計画を先導したカメハメハ五世の指示もあったに違いない。

 到着した移民労働者は、受け入れ先に引き渡されるまで、船に留め置かれるのが慣例になっていたが、これもリーガン船長のはからいで上陸して休養をとることが許された。

 一八六八年のホノルルは、レンガ造りの西洋館は海岸通りに数えるほどで、同じ頃の横浜と比べても目を見張るような都会ではなかった。だが、街中の至るところに背の高い椰子の木が茂り、赤や白の芳しい香りを放つ花が咲く南国情緒は、彼らを多分に夢見心地にさせた。

ハワイの花

 同胞を先輩顔で案内する仙之助が、得意満願だったのは言うまでもない。

 英語を教えるより先に彼はハワイの言葉を移民たちに教えた。
「こちらの言葉で挨拶はアローハと言います。アローハと声をかけると、みな機嫌が良いです」

 多少は英語の素養がある牧野富三郎が怪訝そうにたずねる。
「挨拶は、ハローではないのですか」
「英語の挨拶はハロー、ハワイの挨拶はアローハです」

 耳馴染みのよい言葉を移民たちはすぐに覚えた。
「アローハ」

 褐色の肌のハワイアンたちに声をかけると、とびきりの笑顔が返ってきた。

 チョンマゲこそ切り落としていたが、揃いの印半纏に股引姿の男たちの集団は目を引いた。女たちの着物姿もハワイアンはもとより、白人や中国人にも見慣れないものだったので、野次馬のような集団に取り囲まれることもあったが、誰もが一様に親切で、なかには一抱えもあるバナナやパパイヤ、手造りの菓子などをくれる者もあった。

仙之助編 十二の二

 ホノルルの港に面して開けた市街地を抜けると、一本の道が鬱蒼とした森に続いていた。ヌウアヌ通りと呼ばれ。ヌウアヌ渓谷を経てオアフ島の東側に続く道だった。

「ヌウアヌ」とは、ハワイ語で「涼しい高地」を意味した。

 北太平洋を渡ってきた北東からの貿易風が山にぶつかり、上昇気流で雲が発生し、雨をふらせる。その雨による浸食で生まれた、屏風のように切り立った深い渓谷だった。

 渓谷に吹き込んだ貿易風は、冷涼な風となり、崖の下から上へと吹き上げる。

 とりわけ強い風が吹く崖がヌウアヌ・パリだった。パリとはハワイ語で崖の意味である。ハワイ王国の統一がなされた古戦場としても知られていた。

 一七九五年、ハワイ島の王だったカメハメハは、マウイ、モロカイ、ラナイの各島を手中に収めた後、オアフ島に大軍を率いて攻め入り、ヌウアヌ・パリの上まで大砲を引っ張り上げ、オアフ軍を追い詰めた。この戦いでカメハメハは、オアフ島に勝利し、後にカウアイ島とニイハウ島は闘わずして、カメハメハ王朝の支配下に入った。こうして一八一〇年にハワイ諸島は統一され、王国が成立したのだった。

 ヌウアヌ通りを進むと、渓谷から吹く涼しい風が感じられるようになる。

 まもなく道は渓谷の入り口にさしかかる。

 一八六八年のホノルルで、最も美しい建物は、ヌウアヌ渓谷の入り口に佇むエマ女王の離宮とされていた。ハワイ語で「ハーナイ・アカマラマ」、すなわち夏の離宮と呼ばれるのは、暑さから逃れる別荘として使われるからだった。

 ホノルルの市街地から歩いておよそ一時間、さほど離れている訳でもないのに、涼しい風の吹く別天地でもあることが、建物をより美しく見せていたのかもしれない。

エマ女王の夏の離宮

 エマ女王は、カメハメハ四世の妃である。

 カメハメハ大王の親友であり、助言者でもあった白人ジョン・ヤングを祖父に持つ。

 建物の竣工は一八四八年。ハワイアンの血を引く白人ジョン・ルイスによってアメリカのボストンで骨組みが造られた後、船で運ばれ、当時のアメリカ東海岸で流行していたギリシア・リバイバル様式とハワイの建築様式の折衷で建てられた。その後、エマ女王の叔父にあたるジョン・ヤング二世に譲り受けられ、カメハメハ四世の離宮になったのだった。

 もちろん、当時の王はカメハメハ五世であり、四世はすでにこの世にいない。

 一八六二年、ひとり息子であったアルバート王子が病気で亡くなると、翌一八六三年、カメハメハ四世も後を追うように亡くなった。最愛の夫と息子に先立たれたエマ女王は、その頃、思い出深い離宮に暮らしていた。

 仙之助が案内したホノルル見物で、一番の目玉が夏の離宮まで行ったことだった。

 ヌウアヌ通りの途中までは、上陸してすぐに滞在したラニの家と同じ方角だったが、その先は、仙之助にとっても初めての道のりだった。カメハメハ五世に面識はあったものの、もちろん離宮の中まで招き入れられた訳ではない。だが、噂に聞いていた夏の離宮を見に行ったことは、仙之助にとっても忘れられない思い出となった。

仙之助編 十二の三

 サイオト号の日本人移民たちは、賭博好きで喧嘩っ早い遊び人が多かったが、エマ女王の夏の離宮への遠足は、誰もが夢見心地で、悪さなど働く者はいなかった。
「これが噂に聞いていた天竺かね」
「極楽のようなところだな」

 移民たちは、口々にささやき合っては、南国の珍しい風物に眼を輝かせていた。

 とりわけ陽気にはしゃいでいたのが、マムシの市のあだ名で呼ばれていた最年少の石村市五郎だった。サイオト号では、もっぱら船底で賭博の仲間に入っていた。好奇心が旺盛で、良いことも悪いことも飲込みが早く、航海中にいっぱしの賭博打ちになっていた。だが、上陸してからは賭博仲間の輪から離れ、珍しい風物に誰よりも興味を示していた。

 道すがら貰った果物を頬張りながら興味津々で聞いてくる。
「仙太郎さん、この果物は甘くて美味いなあ。何というのですか」
「バナーナという果物だよ」
「ほお、バナーナですか、バナーナ、バナーナ。アローハに似ていますね」
「ハハハ、そうかもしれないな」
「仙太郎さんは富三郎さんが番頭をしていた大店の跡取りなんでしょう。どうして海を渡ってハワイに来られたんですか」
「実家の店は火事で焼けてしまったからな」

燃える港崎遊郭

「へえ、なんか親近感を感じるなあ。我が家も江戸高輪の大店だったのが没落して、それからは家族で放浪です。相模国の小田原まで流れてきて石村姓を名乗るようになりました。火事で焼け出されたのと、主人が芸事にうつつを抜かして身上を潰したのでは違うかもしれないけれど、なんか兄貴のような感じがするなあ」

 マムシの市は、やけに人なつこい少年だった。
「お前は幾つになる?」
「数えの十三です」
「一人で異国に来て寂しくないのか」
「なんの。落ちぶれた家にいたって良いことなんかありゃしません。将軍様の世の中だって、この先、どうなるかわからない。親兄弟に未練なんてありません」
「そうか。勇ましいな」
「縁あって天竺まで来たからには、ここで一旗揚げてやります」
「そうだな」
「農園で働いて金を貯めたら、誰もやっていない商売を見つけようと思っています」
「誰もやっていない商売か……なるほど」
「そうです。仙太郎さんも一旗揚げるんでしょう。競争ですよ」

 マムシの市は、まっすぐに仙之助の眼を見つめると、一瞬、大人びた真顔になった後、再びやんちゃな少年の表情に戻った。

仙之助編 十二の四

 日本人移民たちに与えられた二日間の休暇は、瞬く間に過ぎ去った。楽園と憧れたハワイが本当の楽園であったことに移民たちははしゃいでいた。

 それは、仙之助にとっても特別な時間だった。

 彼らを迎え入れるために、ユージン・ヴァン・リードに命じられて、捕鯨船に乗り、はるか太平洋を渡ってハワイにやって来た。その冒険は得がたいものであり、仙之助は自分に与えられた運命を何も後悔していなかった。だが、この先、彼らが雇い入れ先のサトウキビ農園に去ってしまった後、自分に何ができるのかわからなかった。たった二日間の物見遊山の案内では、何もしていないに等しい。

 二日目の夜、移民たちはいつものようにサイオト号に帰っていったが、仙之助の雇い主であるウィルの好意で、牧野富三郎は、彼の家に泊めてもらうことになった。

 客用のゲストルームを提供され、仙之助はウィルの客人を迎え入れる時と同じようにピンと糊のきいたシーツでベッドメイキングをした。二つ並んだベッドのひとつに、その晩は仙之助も寝ることを許された。富三郎と仙之助がお互いを知る間柄であることは、みなもわかっていたが、仙之助の氏素性にかかわる話をすることはためらわれた。

ゲストルーム

「こんな上等の部屋を使わせてもらってよろしいのですか」

 恐縮する富三郎を招き入れて、二人はベッドに座り向かい合った。
「私が真面目に仕事をしている褒美だそうだから、気にするな」
「本当に頼りになります。仙之助……、いや、仙太郎さん」
「今夜だけは仙之助でかまわない」

 富三郎はほっとしたような笑顔を浮かべた。
「言葉が達者でおられるのにも舌を巻きました。私ひとりでしたら往生しておりました」
「少しは役に立ったのなら良かった」
「それにしても、こうして仙之助さんと再会できたのが信じられず、夢のようです」
「待っていると言ったではないか」
「はい、でも、捕鯨船で横浜を発ってから音信がないままでしたから、本当に会えるのかどうか、半信半疑でした」
「ハハハ、太平洋の真ん中でくたばったとでも思ったか」
「いや……、そんな。くたばるかと思ったのは私の方です」
「嵐に遭ったか」
「はい、神仏に祈るよりほかありませんでした」
「そうか。お前も太平洋を渡って実感しただろう。あの大海原でちっぽけな船に揺られていると、この先、どうなってしまうのか、どうしようもなく不安になることがある。捕鯨船の日々は忙しく、毎日が夢中だったが、それでも嵐の時など、振り子のように揺れる船底にいると、いたたまれない恐怖が襲ってくることがあった」

 富三郎は黙ってうなずいた。

仙之助編 十二の五

「コノヨノゴクラクジョウド……」

 富三郎のつぶやきに仙之助が答えた。
「ハワイのことを喩える、ヴァン・リードさんの口癖だったな」
「みなが天竺とか唐と呼ぶのに、どこであんな言葉を覚えたんでしょう」
「そうだな。だが、本当にここは極楽浄土だろう」
「はい。あの世の極楽浄土に行かずにすんでよかったです」

 二人は笑い合った。
「ヴァン・リードさんは達者でおられるか」
「もちろんです。このたびの旅立ちでは、船の手配から役人とのやりとりまで東奔西走しておられました」
「出発までにだいぶ手間取ったようだな」
「船が出港を待つ間に、奉行所のお役人が入れ替わり、大変だったようです」
「どういう意味だ」
「私たちはもう船に乗り込んでいたのでよくわかりません。何でも幕府からもらった書状が無効になってしまったが、もう待てぬから行けと」
「書状がない……お前たちも密航者なのか」
「さあて。こんなに盛大にお迎え下さっているのだから問題はないのでしょう」
「王様の客人扱いだからな」
「入港と同時に贈り物がきたのには驚きました」
「気の良い王様だからな」

釣りをするカメハメハ5世

「えっ……、王様をご存じなのですか」
「いや、いや、何でもない。ところで、父上は達者でおられるか」
「はい、ますます意気盛んで商売の再興に努めておられます」
「神風楼は再建したのか」
「いや、まだですが、土地の取得の算段をしておられました」
「父上ならば、心配はいらないな」
「仙之助さんは横浜に帰るのですか。それとも、ハワイで一旗揚げるのですか」
「そんな話もしていたな。あの勇ましい少年……何と言ったか」
「マムシの市ですか」
「まだ、ほんの子供だろう。家族はいないのか」
「数えの十三で、このたびの最年少です。たったひとりで応募してきたそうです。でも、仙之助さんが捕鯨船に乗ったのもたいしてかわらない年でしたよね」
「私は元服の年齢だったぞ」
「体の大きな異人たちに混じると、ほんの子供にしか見えず、心配しましたよ。それだけに見違えました。再会できて……、本当に良かった」

仙之助編 十二の六

 休暇から一夜明けた翌日、日本人移民たちは、あらためて移民局に呼ばれた。

 先頭に立った牧野富三郎に仙之助も随行した。ここで、移民たちは雇い入れ先と待遇を言い渡されたのだった。

 役人が富三郎に言い渡した内容を仙之助が通訳した。

 行き先は、オアフ島のサトウキビ農園が二ヶ所、マウイ島のサトウキビ農園が三ヶ所、カウアイ島のサトウキビ農園が一ヶ所、さらに仙之助と同じようなホノルルの家庭奉公人が含まれていた。

 最初にオアフ島のコウラウ耕地に行く者の名前が呼び上げられた。

 最後の一人として呼ばれたのが、マムシの市こと、石村市五郎だった。

 仙之助の顔をちらっと見やると、少年は小さく笑った。

 次いでオアフ島のカネオヘ耕地、マウイ島のワイルク耕地、ハイクウ耕地、ウルパアクア耕地と続き、カウアイ島のリフエ耕地の後、最後にホノルルで奉公する先の個人名が呼ばれた。

 家族や同郷の者は同じ雇い入れ先に振り分けられたが、誰もが不安げにお互いの顔を見合わせていた。別の島の耕地が言い渡された者はなおさらだった。そのなかで、最年少の市五郎だけが、やけに希望に満ちた表情をしていた。

 契約内容を仙之助が通訳する。
「契約労働期間は三ヶ年、ホノルル到着の日から三六ヶ月とする。次に給金……」

 食い入るような視線が集まった。
「一ヶ月に四ドルとする」

 ざわざわとささやきあう声がする。
「高いのか、安いのかわからんなあ」

 最後に、移民の総代として牧野富三郎が正式に任命された。特定の雇い入れ先で働くのではなく、とりまとめ役をすることで給金が支給される。

 富三郎は、役人の前で仙之助を通訳として指名した。

 驚いたような顔をしている仙之助に言った。
「お願いします。私だけでは役人との交渉ができません」

 仙之助が富三郎の意見を伝えると、役人も意思疎通の必要性は感じたのだろう。小さくうなずいて二人に告げた。
「よろしい。ただし、支払うのは富三郎の給金だけだぞ」

 その金額は充分なものだったので、折半することで合意し、仙之助はウィル・ダイヤモンドに暇を貰うことにした。

 学校は退学ではなく、席を残しておき、通える時間があれば勉強を続けることにした。これからいろいろなことがおきるだろう。富三郎は仙之助の英語力を評価するが、特に読み書きの能力が充分でないことは仙之助自身がよくわかっていた。

仙之助編 十二の七

 雇い入れ先の決まった移民たちは、ホノルルで身支度を調えてから出発することになり、帽子や洋服も支給された。

 二日間の休暇が終わった直後に、船上で出産したとみと同じく身重だった、はるが元気な男の子を産み、新太郎と名づけられた、最初の日系二世ということになる。それぞれの任地に旅立つ前、移民たちの心を沸き立たせた出来事だった。

 牧野富三郎は、仙之助がスクールボーイとして働いていたウィル・ダイヤモンドの事務所近くに部屋を借りて、仙之助もそこに寝泊まりすることにした。

 富三郎がとりかかった最初の仕事は、これまでの顛末を報告書にまとめてユージン・ヴァン・リードに送ることだった。契約内容や給金のこと、ハワイで地元の人たちが親切にしてくれたこと、常夏の気候や果物が美味しいこと、治安も良いことなどを書き綴った後、最後にひと言、書き添えたのが仙之助のことだった。
「神奈川の産にて、仙太郎と申す人、一人おり候。話もよく分かり厚く世話いたしくられ、地獄にて仏に逢い候心地に致し候」

 仙太郎という変名で、初めて出会った人のように書いたのは、仙之助が密航者だったからにほかならない。報告書という公に残る書類だけに慎重を期した。だが、この一文を添えることで、ヴァン・リードに仙之助の無事と再会を知らせたのである。

 仙之助は、富三郎の筆跡を覗き込んでいった。
「地獄に仏とは大袈裟すぎやしないか」
「いやいや、偶然会った感じを表現するには、このくらいがいいのです。ヴァン・リードさんも笑って読んでくださいますよ」
「ハワイで一旗揚げたなら、私は生涯、仙太郎として生きることになるのだろうか」
「横浜には帰らないおつもりですか」
「今はわからない。この土地でどんな商売をしたらいいのか検討がつかないし、元手となる金もない。商売をして成功するには、まだまだ知識も語学力も足らない。今はそんなことより、移民たちの力になることが先だ。そのために海を渡ってきたのだから」
「総代を任されたものの、仙之助さん……、いや、仙太郎さんがいなかったら、どうなっていたかわかりませんでした」
「まだ安心するのは早いぞ。大変なのはこれからだ。表向きの待遇は悪くないけれど、みなが着任する耕地がどんなところか、どんな仕事が待ち受けているのか、まだ何もわからないのだから」
「そうですね」
「明日は、コウラウ耕地の者たちが出発する日だったな」
「はい。四十人の大所帯ですし、私も同行しようと思っております」
「私も一緒に行こう」
「それは心強いです」

仙之助編 十二の八

 日本人移民の一行が、コウラウ耕地をめざしてホノルルのダウンタウンを発ったのは、夜明け前、漆黒の闇が薄い藍色に変わっていく時刻だった。空には明けの明星が輝いていた。

 仙之助は、ラニと共に上陸した日のことを思い出していた。

 あの時は、身を伏せるために夜明け前を選んだが、今回はコウラウ耕地までの長い道のりを考えての早立ちだった。一本道で迷うことはないと聞いていたが、物知り顔で案内している仙之助も初めての道だったから、なおさらに余裕をみたのである。

 ヌウアヌ通りを抜けて渓谷に向かって進む。

 エマ女王の離宮に向かう方角である。

 休暇の遠足で歩いた同じ道を旅支度で歩む。陽気にはしゃいでいたあの時と違い、誰もが神妙な顔つきで言葉少なだった。

 夜明けの薄暗さもあいまって、同じ道が違う風景のようにも見えた。熱帯の鬱蒼とした植物は、太陽が燦々と降り注ぐ下では輝くように美しいが、光が陰ると、恐ろしげにも見える。

 道の両側に大きな枝ぶりのバニアンツリーが迫るように生い茂っていた。

 道はだんだんと傾斜が増し、歩く者たちの息もあがってきた。

 ただひとり、元気が良いのがマムシの市こと、石村市五郎だった。

 先頭を行く富三郎と仙之助の隣で、盛んにいろいろなことを聞いてくる。
「これから峠を越えるのですね」
「そうだ、ヌウアヌ・パリだ」
「ヌウアヌは通りの名前でもあり、渓谷の名前でもあるから、パリが峠の意味ですね」

 ものごとの洞察が早い少年だった。学問をする機会があれば、大成するに違いない。

 峠道にさしかかると、にわかに風が強くなってきた。

 熱帯とは思えない冷涼な風だった。こんなに冷たい風を感じるのは、カムチャッカの夏以来だと仙之助は思った。汗ばんだ体に心地よかったが、風はなおも強く吹き、寒さを感じるほどになった。足下からも吹き上げてくるような風に歩む速度も遅くなる。

 だが、嵐というのではなかった。雲は立ちこめていたが、雨は降っていない。

 まもなく前方に険しい山の峰が見えてきた。
「うわああ」

 先頭を行く仙之助は思わず声をあげた。
「どうした、どうした」

 富三郎と市五郎が駆け上がってくる。

 突然、視界が開けたのだ。

 絶景としか言いようのない風景が広がっていた。崖の下には一面の森と平原が広がり、左手には屏風のような山脈が迫る。その先には青い海が見えていた。

 そうか、ここが峠なのか。仙之助は驚きの表情を包み隠し、後ろを振り返り言った。
「ヌウアヌ・パリに着いたぞ」

仙之助編 十二の九

「あれがコウラウ山脈だ、めざすコウラウ耕地は、その麓にある」

 仙之助は、地図で調べた位置関係を頼りに説明した。

 屏風のように山の稜線が縦に連なる独特の地形は、ウィルの家にあった銅版画でも見たことがあった。馬の遠乗りが好きな彼は、ヌウアヌ・パリに足を延ばすことも多かったようで、この絶景のことをよく話していた。

 コウラウ山脈は、かつて捕鯨船でカウアイ島の沿岸を航海した時に見たナ・パリ海岸にも似ていた。初めての風景だったのに、既視感があったのはそのせいだった。

ヌウアヌ・パリの景色

 だが、絶景を前にしても、移民たちの意気は今ひとつ上がらなかった。

 コウラウ山脈の人を寄せ付けないような美しさは、物見遊山であれば感動するが、そこが自分たちの生活の場になると言われると、むしろ不安が先立つ。

 その不安を駆り立てるように、強風が吹きすさぶ。
「あっ」

 横浜を出航する時に支給された揃いの三度笠がひとつ、風に飛ばされた。

 移民たちの多くは、ホノルルに着いてから支給された帽子と洋服を身につけていたが、いまだ旅立ちの三度笠と印半纏姿の者もいた。

 ヌウアヌの風に吹かれ。上空高く舞い上がった三度笠が山脈の方角に消えていった。

 沈んだ雰囲気をかき消したのは、またしても市五郎だった。
「凄いなあ、まるで天下の険ですね」
「天下の険……」
「仙太郎さん、箱根ですよ」
「ああ、天下の険の箱根越えか。お前は行ったことがあるのか」
「はい、相模国の小田原におりましたから」
「この風景は似ているのか」
「山のかたちは違いますが、峠道の険しさは似ています。箱根八里の道のりでも、山が急に開けて、海ではありませんが、芦ノ湖が見えるところがあって感動しました」
「そうか」
「箱根は山が険しいだけじゃない、温泉があっていいところです」
「そのようだな。横浜の異人たちにも大層人気がある」
「コウラウにも温泉があればいいのに」
「おいおい、物見遊山ではないのだぞ」

 市五郎は年相応の無邪気な笑顔を見せた。

 ヌウアヌ・パリの峠を越えても、しばらくは曲がりくねった山道が続いた。やがてタロイモ畑の広がる集落が見えてきた。オアフ島の裏側に到達したのである。

 海岸沿いの道に入れば、めざすコウラウ耕地はもう近い。仙之助は、最後の休憩地として、紹介状をもらっていたアフイマヌのカトリック教会をめざした。

仙之助編 十二の十

 コウラウ山脈を背後に抱くアフイマヌには、フランスのカトリック教会と彼らが運営するカレッジがあった。

 カメハメハ三世の時代に王からカトリックの布教を許され、土地を与えられ、布教の拠点となったものだった。一八四〇年にハワイで初めてのカトリック教会が建てられ、七年後にはカレッジが開校した。

 教会らしき建物の隣に大きなヴェランダのついた瀟洒な家が建っていた。

 仙之助は、恐る恐るドアを叩いた。

 聖職者らしき服装の若い男が出てきた。紹介状を差し出すと、言葉が通じないと思ったのだろう、そのあたりで休めと手真似で指図した。
「ご厚意ありがとうございます」

 仙之助が丁寧に挨拶すると、少し驚いたような表情をして言った。
「長旅で疲れただろう。水と果物を用意してある。好きに飲んで食べなさい。英語が達者だな。お前も労働者なのか」
「私は世話役の通訳で参りました。彼らを送り届けたら、ホノルルに戻ります」
「そうか、帰路に宿が必要ならば立ち寄りなさい」
「ありがとうございます」

 英気を養った一行は、再び歩き始めた。

 アフイマヌを過ぎると人家もなく、海沿いの一本道が続いているだけだった。

 ヌウアヌ・パリで遠くに見たコウラウ山脈が間近に迫る。

 やがて前方に大きな煙突が見えてきた。

 サトウキビ農園の象徴と聞かされた、収穫したサトウキビを搾る工場に違いないと仙之助は思った。

 近づくにつれて、ホノルル周辺でも、これまでの道中でもよく見たタロイモ畑とは違う、背の高い植物が茂る畑があたり一面に広がり始めた。竹のような茎に菖蒲のような葉がついていて、ザワザワと風に揺れている。

コウラウ耕地の工場

 仙之助は、後ろを振り返って声をかけた。
「おおい、着いたぞ。コウラウ耕地に着いたぞ」

 富三郎が答える。
「このバサバサした草が……」
「サトウキビだろう。これを精製して砂糖にする」
「なんとも大きな作物だな。これを収穫するのは骨が折れそうだ」

 サトウキビ畑の先に煙突だけが見えていた工場が全貌をあらわした。レンガ造りの巨大な建物だった。仙之助は、その方角を指し示して言った。
「おおい、あれがコウラウ耕地の工場だぞ」

 移民たちの顔がほころんだ。荒涼とした原野の中で、偉容な存在感を示す工場が文明の証のように見えたのだった。

仙之助編 十二の十一

 コウラウ耕地と呼ばれたサトウキビ農園は、裏オアフのコウラウ地方クアロアにあって、正式名称をワイルダー・プランテーションといった。

 ハワイの主産業が捕鯨船の補給基地からサトウキビに転換したのは、石油の発見による捕鯨産業の衰退だけでなく、カメハメハ三世統治の一八五〇年以降、外国人に土地所有が認められたことが大きい。資金のあるハオレ(白人)たちは、次々と広大な土地を取得し、サトウキビ農園の経営に乗り出したのだった。

 カメハメハ三世の相談役をつとめていた資産家のゲーリット・P・ジャットは、一八五〇年、王からじきじきに広大な土地を取得した。コウラウ山脈のふもと、海岸の沖合にモコリイ島という小さな島がある一帯だった。島は英語ではチャイナマンズハットと呼ばれていた。弁髪姿の中国人が被る小さな帽子に形状が似ていたからだ。

 数年後には息子のチャーレス・H・ジャットが周辺の峡谷と沖合に浮かぶモコリイ島、さらに海域の漁業権も手に入れた。そして娘婿のサミュエル・G・ワイルダーと共に一八六三年に創業したのがワイルダー・プランテーションだった。

 地名は正確にはクアロアだが、住む人もまばらな地域であり、当時は、もっぱらコウラウ耕地と称されていた。クアロアの地名で呼ばれるようになるのは、後にプランテーションが廃業し、牧畜が始まってからのことである。

 プランテーションとは、熱帯や亜熱帯で国際的に価値の高い単一作物を大規模に栽培する農園のことをさす。植民地支配を背景として誕生したもので、砂糖が精製できるサトウキビのほか、コーヒー、カカオ、タバコ、天然ゴム、パームヤシ、綿花などがプランテーション作物として知られている。効率的な運営のためには、多くの労働力を必要としたが、南北戦争までのアメリカ南部の綿花プランテーションがそうだったように、奴隷が労働者として使役される例が少なくなかった。

 ハワイのサトウキビが注目された時代、すでに奴隷貿易は終焉しており、各地で労働力として駆り出された先住民も、ハワイの場合、持ち込まれた疫病などで人口が激減していた。そこで中国人労働者が導入されたが、定着しない者が多く、日本人に白羽の矢が立てられたのが、そもそも元年者が海を渡ることになった理由だった。

 ユージン・ヴァン・リードをハワイ王国駐日総領事に任命した外務大臣ワイリーもまた、サトウキビ・プランテーションの所有者だった。労働者不足は彼自身にとっての個人的な問題でもあったのだ。

 移民たちが畏敬の念を持って見上げたレンガ造りの工場は、オアフ島で最初の砂糖精製工場だった。周辺で手に入る溶岩とサンゴと砂からモルタルを作り、レンガを積み上げて建設した。工場が完成したのは彼らが到着した五年前のことだから、まだ真新しく、熱帯の日差しを浴びて美しく光り輝いていた。歩き疲れた彼らも一気に元気になり口々に言った。
「立派な建物だなあ」
「ここで働くのなら悪くないなあ」

仙之助編 十二の十二

 富三郎と仙之助は移民たちの先頭に立ち、工場の敷地内に入っていった。

 工場の入り口に不機嫌そうな表情をした白人が立っている。

 他に誰もいない。仙之助は話しかけた。
「お目にかかれて光栄です。日本から到着した労働者を引率してまいりました。こちらのプランテーションの責任者の方にお目通し頂けますか」

 アローハと挨拶しなかったのは、相手がハオレ(白人)であることを見てとったからだった。男は怪訝そうな表情でなめ回すように仙之助を見た。
「日本人がやってくるとは聞いていたが、お前は英語が達者だな」
「私は通訳で、こちらが総代のトミサブローです」

 富三郎は緊張気味にたどたどしい英語で挨拶した。
「お、お目にかかれてうれしいです」
「俺はルナのジョーイだ」

 ルナとはハワイ語で農園の監督官であることを仙之助は知っていた。労働者のとりまとめではあるが、農園の責任者という立場ではない。仙之助の戸惑いを察知したジョーイは言った。
「今日は、プランテーションのお偉方は誰もいないぞ」
「誰も……、そうですか」

 仙之助は困った表情で黙り込んだ。
「数日前に事件があってな。みなホノルルに出払っている」
「事件?」
「お前たちとは関係ないことだ。それよりサトウキビを刈り取る人出がなくて困っている。早速、明日から働いて貰いたい。日本人労働者は何人いる?」

 居丈高に問われて仙之助は答えた。
「はい、四十人ですが……」
「留守のことは俺が万事任されている。日本人が到着したら、すぐに働かせるように言われているんだ。収穫が遅れているからな。こいつらの名簿を出せ」

 仙之助は富三郎と目を見合わせた。本当にこの男に全てを託して大丈夫なのだろうか。

 だが、自分が責任者だという相手にいつまでも不信感を抱いていても、感情を逆なでするばかりだ。仙之助は移民局から預かった名簿と契約書を差し出した。

 ジョーイは書類にぱらぱらと目を通すと、ついてこいと手招きした。

 レンガ造りの工場を出て、サトウキビ畑のあぜ道を歩いて行く。

 まもなく前方に藁葺きの粗末な小屋が建ち並ぶ集落のようなところが見えてきた。
「お前たちの小屋はあそこだ。契約終了した中国人が出ていって空いたばかりで少し散らかっているが、寝床はあるから問題ないだろう。明日の朝は五時から仕事だからな」

 仙之助は移民たちの顔が一気に暗くなるのを見ていたたまれない気持ちになった。