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2025年10月5日更新

仙之助編 二十二の三


 一八七四年のオマハは大陸横断鉄道の要衝ではあったが、牛の町ではなかった。後に大規模な食肉加工工場が建設されるが、それは一八八〇年代になってからのことである。

 仙之助と富三郎とジムは、十頭の牛を引き連れてオマハのユニオン駅に向かった。

 東海岸と結ぶ鉄道はここが終着駅で、乗客はユニオンパシフィック鉄道に乗り換える。ロングドライブで到着したカウボーイたちが我先にと数多の牛を貨車に積み込む喧噪に包まれたアビリーンの駅とは様子が違った。

 牛を連れた仙之助たちは好奇の目で見られた。西海岸に向けて牛を運ぼうとする者などいなかったからである。気圧されそうになる仙之助に代わって、交渉役を買って出たのがジムだった。格安の料金で十頭の牛を手際よく貨車に積み込んだ。
「ありがとうございました」
「助けてやれるのはここまでだ。あとは首尾良くやれよ」
「はい、どうか元気でいてください」
「どうせ俺は、死に損ないの老いぼれだ。老い先短いのはわかっている。でもな、悔いはないさ。人生の最後にお前たちに大きな夢を見せてもらったからな。お前たちこそ、達者で行けよ。まだ旅は長いからな」

 ジムはそう言うと、かわるがわる仙之助と富三郎と抱擁をした。そして鉄道の出発を待たずに不自由な手でドナの手綱をとってチャックワゴンを出発させた。

 牛を追ってきたイチだけは牛と一緒に貨車に乗せて、仙之助と富三郎は三等車に乗り込んだ。プラットフォームには、もう手を振って別れを惜しむ相手もいない。

 富三郎がぽつんと言った。
「長い夢を見ていた気がしますね」

 ジムは夢を見させてもらったと言ったけれど、仙之助たちにとっては牛の町やチザム・トレールでおきたすべての出来事が夢だったように思える。
「夢じゃないさ。貨車には牛が乗っている」
「そうですね」
「富三郎は、本当はカウボーイをしていたかったんじゃないのか」
「私がそう言ったら、仙之助さんはどうしましたか」
「いや……」

 言いよどむ仙之助に富三郎が言った。
「もしかして……、これが自分の天職かもしれないと思ったこともありました。牛を日本に連れて行くという話を聞いた時は呆れもしました。でも、だんだんにもうひとつの夢を追いかけるのも悪くないと思うようになりました」
「もうひとつの夢か」
「誰も思いつかない突拍子もない夢ですよ」

 出発の汽笛が鳴り、列車が動き始めた。