ジャパネスク 富士屋ホテル物語のイメージイラスト

2026年2月1日更新

仙之助編 二十三の七

 ジョン・エドワード・コーリアと名乗る男は、外国人居留地の商人で、自前の船で横浜にやって来たが、日本がすっかり気に入ったのだと自己紹介をした。
 禿げ上がった頭は年かさに見えたが、肌の色艶はよく、それほどの年配ではないようだった。笑うと人懐っこい表情になる。
「ジャパン、スバラシイ」
 そう言って笑うと、一呼吸おいて言った。
「ジンプウロウ、スバラシイ」
 いきなりトメの名前が出て驚いたが、神風楼の顧客ということか、と仙之助はあらためて納得した。ならばトメと親しくても不思議はないのかもしれない。
「ダカラ、ワタシ、フネ、ウリマシタ」
「えっ?」
「フネ、ウリマシタ」
「日本で暮すことにしたということですか?」
 英語で確認すると、笑ってうなずいた。コーリアが案内してくれた牛を留め置くところとは、居留地の外れにある公園の一角の空き地だった。とりあえず牛をつないでおき、明日にでも柵を造ればいいと言う。
「こいつらはカリフォルニアで手に入れたのか?」
「いえ、テキサスです」
「こりゃあ驚いた。もしや、あのテキサスの有名な牛かい?」
「そうです。ご存じですか?」
「噂に聞いたことはあるよ。ええと……」
「テキサスロングホーンです」
「ロングホーンか、言われてみりゃあ、立派な長い角だな。肉も美味いんだろう?」
「はい」
「しかしまあ、なんでテキサスまで行ったのかい」
 仙之助は少し口ごもって答えた。
「牛のロングドライブです」
「ほお、牛で一攫千金ということか。この牛も売るつもりなのか?」
「貴重な牛ですから、そう簡単には売れません」
「牧場でもやるのか」
「できればそうしたいです」
「牛のロングドライブで儲けた金があるのか?」
「牛の購入資金と船賃で金はなくなってしまいました」
「元手もなくてどうする?ジンプウロウの金を当てにしているのか?」
 仙之助は黙ってしまった。確かに元手もなくて事業を始めようなんて無謀な話だった。