
2026年2月8日更新
仙之助編 二十三の八
しばらくの沈黙が続いた後、コリアーが思いついたように口を開いた。
「俺の船を売った金はある」
「えっ?」
「その金を投資する方法もあるということさ」
「…………」
「俺は居留地で食品の商売を始めたところだ。主に扱うのは肉だ。近いうちに肉屋として独立して商売をしたいと思っている。だから、牛を見た時、俺にこいつらを売ってくれるのならありがたいと思った。ましてテキサスロングホーンの肉であれば、いい商売になるだろう。だが、売りたくないというなら仕方ない。牧場なんて面倒なことは思いつきもしなかったが、お前の話を聞いているうちに、それもありだと思えてきた」
「一緒に牧場経営をやってくれるのですか?」
「おいおい、気が早いなあ。そういう手もあると思っただけだ」
「失礼しました」
「まずはトメサンに相談だな」
まがりなりにも祝言をあげた妻の名を、あきらかに自分より親しげに呼ぶコリアーに複雑な心境を覚えながらも、仙之助は、それを制することができない自分に苛立ちを感じていた。長い間、音信不通だった名ばかりの夫には何の権利もない。
「さあ、神風楼に行こう」
コリアーは仙之助を促した。
「トメサン、マッテイル」
「私のことを…………」
「もちろん」
「…………」
「トメサン、スバラシイ」
意味深長な表情でコリアーは言う。
「マザージーザス」
「えっ?」
「トメサンノ、ニックネーム。キリスト母さん」
「そう呼ばれているのですか?」
「そうだ。みんなそう呼ぶ。夫のお前が知らないのか?」
「長く留守をしていたので……」
「テキサス暮らしじゃ仕方ないな。トメサン、スバラシイ。だからキリスト母さん」
祝言をあげた時から年齢不詳の世慣れたところのあったトメだが、自分がいなかった数年の間に神風楼の女将として、とんでもない存在感を持つようになったのか。そんなトメにどんな顔をして再会すればいいのか、仙之助はにわかに不安になってきた。