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2026年1月25日更新

仙之助編 二十三の六

 仙之助は、七頭のテキサスロングホーンと共に横浜の東波止場に降り立った。
 テキサスではものの数ではなかった七頭の牛は、横浜に降り立ってみると、あらためてとんでもないものを持ち帰ったものだと実感する。まずは牛たちを安全に留め置く場所を見つけなければならない。
 神風楼には便りもできないままの帰国だった。大陸横断鉄道でオークランドに着いてからは、アラスカ号の出発が迫っていたこともあり慌ただしい旅立ちだった。富三郎との別れもあった。便りをしようにも直近の郵便汽船に乗船するのではどうしようもない。
 牛を連れて神風楼に行く訳にもいかないと仙之助が逡巡しているうちに、アメリカから牛を連れ帰った男がいるという噂が先に居留地を駆け巡った。
 どこからともなく居留地の異人たちが東波止場に集まってきた。
「アメリカから牛を連れ帰ったという無鉄砲な輩はお前か」
 最初に声をかけてきた男が仙之助の顔を見るなり言った。
「どこかで見た顔だな。居留地の商人か?」
 仙之助が返事に窮していると、もう一人の男が言った。
「お前、マダム・トメの行方不明になった夫じゃないのか」
 行方不明と言われて仙之助は狼狽した。そんな話になっていたのか。
 郵便汽船の便があるサンフランシスコから遠く離れたテキサスでのカウボーイ暮らしでは連絡のつけようもなかった。とはいえ、夫婦の契りをしておきながら、長く便りのひとつも出さなかったのだから何を言われてもしかたない。
 大勢の人に囲まれて、牛がおびえたような表情をしているのに気がついた。
 その時、仙之助の手を掴んだ男がいた。
「牛を留め置く場所を探しているのだろう。俺についてこい」
 七頭の牛を追いながら、仙之助は男の後をついていった。
 興味本位で集まってきた者たちがようやくいなくなると、男はぽつりと言った。
「センノスケ……」
「どうして私の名前を?」
「マダム・トメから何度も聞いた」
 そして片言の日本語で言った。
「トメサン、ワタシ、タスケマス」
「えっ?」
「ワタシ、トメサン、タスケマス」
 暗号のような台詞は何を意味するのか。男はトメに好意を寄せているのだろうか。
「あなたはどなたですか?」
 仙之助が問うと、男は振り返って名乗った。
「ジョン・エドワード・コーリアです」