
2026年2月22日更新
仙之助編 二十三の十
コリアーの胸に抱かれた子供が急に泣き出した。
「イイコ、イイコ、ウメコ、イイコデスネ」
コリアーは子供を抱き上げると、優しいまなざしで語りかけた。
金色の巻き毛の子供は名前を「ウメコ」というのか。それはつまり、母親は日本人であることを意味しているのではないか。
傍らで、今度はトメが子供の頰を撫でている。その様子は、仲の良い親子にしか見えない。いよいよもって、仙之助の心は穏やかではなくなった。
コリアーが子供をあやしながら外に出て行くと、ようやくトメが、仙之助の憮然とした表情に気づいた。
「ウメコはコリアーのお子ですよ」
「でもなぜ、トメが面倒を見ているのですか?」
「男手ひとりじゃ大変でしょう?」
「男手ひとり?母親は……、母親は誰なのですか?」
「気になるの?」
面と向かって問い直されると、何と返していいのかわからなくなる。
「…………」
「母親は私じゃないかと思っているのでしょう?」
いきなり心の内を見透かされて、さらに仙之助は答えようがなくなってしまう。
「…………」
黙り込んだ仙之助の表情を見て、トメは高らかに笑い始めた。
「あーら、おかしい。お顔に描いてありますよ」
「…………」
「もし私がウメコの母親だったら、仙之助さん、どうなさるの?コリアーに決闘を申し込みますか?」
「いや……」
「仙之助さん、牛を連れてお戻りになったそうですね」
「なぜもうご存じなのですか?」
「港は大騒ぎでしたから。牛を連れた男がサンフランシスコから上陸したって。きっと仙之助さんに違いないと思ったわ。だからコリアーに頼んだのですよ。仙之助さんの助けになってあげてほしいと。コリアーは肉の商売をしていますからね。多少は牛の扱いには馴れているのと思ったの。そのコリアーに決闘を申し込みますか?」
トメは再び高らかに笑った。そしてきっぱりと言った。
「コリアーは役に立つ男です。神風楼にとってね」
トメは結局、仙之助を煙に巻いたまま、肝心なことは何も言わなかった。
番頭に奥で粂蔵が待っていると言われ、仙之助は座敷に上がった。