
仙之助編 五の一から五の十二まで
山口仙之助は、ヴァン・リードの紹介で、ヘボン塾の英語の稽古に時々通うようになった。仙台藩のサムライの息子たちは、露骨に不愉快そうな視線を仙之助に向けた。だが、教師であるバラ夫人は、生徒を身分で分け隔てはしなかった。稽古の教室では、正しい発音できちんと話せる者が評価され、話せない者は評価されない。
行き帰りに嫌がらせを受けることがあっても、仙之助は気にもとめなかった。バラ夫人から新しい英語の教本をもらったことが何よりもうれしかった。ヴァン・リードの『和英商話』はボロボロになるまで読み込んですべて暗記していた。ヴァン・リードもバラ夫人もそんな仙之助の熱心さに感心したのだろう。人なつこくて素直な性格も彼らに気に入られた理由だった。だが、サムライの息子たちにしてみれば、商人の息子の仙之助のそうした熱心さや素直さがまたしゃくに障ったのである。
仙太郎が隣にいないことだけが寂しかった。
近況を伝える手紙だけは届いていた。心配をかけまいと思うのか、体調のことはことさらに記されていなかったが、手紙の筆跡の乱れに不安が募った。
ヘボン塾の稽古で英語の腕を上げた仙之助の勉強相手になったのが、神風楼の番頭となった牧野富三郎だった。学問の素養もなく、物覚えのいい気質でもなかったが、ただならぬ異国への興味だけが彼を机に向かわせた。
富三郎が気に入ったフレーズがあった。
「I think so(そうですね)」だ。
何を言われても、とりあえずそう返事をすれば、英語を話している感じになる。そこが気に入ったのだろう。何を言っても「アイテンキソー」と返して笑う。
難しい構文の授業になると、本に突っ伏して眠ってしまう。
その夜も、富三郎は仙之助の机に突っ伏して眠ってしまった。浅草の小幡漢学塾にいた頃は、仙太郎の布団の隣で、仙之助が勉強しながらよく眠ってしまったものだ。

富三郎の肩に布団をかけてやり、隣の布団に潜り込み、眠りについた仙之助は夢を見た。
浅草にいた頃の夢だ。
仙太郎と枕を並べて眠っていると、遠くに半鐘が聞こえてきた。
ジャン、ジャン、ジャン、ジャン──
ジャン、ジャン、ジャン──
ゴウゴウと吹く強い風の音が半鐘の音に重なる。
「大変だ、起きろ」と突然、声がした。
「仙太郎さん……」
「寝ぼけている場合じゃないですぜ」
声の主は仙太郎ではなく、富三郎だった。仙之助は慌てて起き上がった。
浅草の火事の夢を見ていたと思っていたが、そうではない。本物の火事だった。
慶応二(一六八八)年十一月二六日、五つ半(午前九時)過ぎのことだった。
仙之助と富三郎は、慌てて戸を開けて外に出た。屋根に登って様子を見るつもりだったが、玄関先に出ただけで、火の手が迫っているのが見えた。
浅草の火事より、ずっと状況は切迫している。仙之助は、英語の教本を腹に巻くために部屋に戻ろうとしたが、もはやその猶予はなさそうだった。
遊郭の五つ半(午前九時)といえば、女郎たちはまだ夢の中にいる。
けたたましい半鐘の音に、ひとり、またひとりと起き出して、浴衣姿のまま、不安げに廊下を右往左往し始めた。
おろおろと不安げな表情をする女たちに粂蔵は「早く逃げろ」と促した。火事がおきても、女郎を逃がさない非常な郭もあることを彼女たちは知っていた。
着の身着のまま、通りに出たが、港崎(みよざき)遊郭と外界を結ぶ唯一の出入り口であるおもかげ橋に向かって、群衆が押すな押すなの状況だった。あらためて港崎遊郭が閉ざされた場所であることがわかる。逃げようにも逃げられない。
「粂旦那、おもかげ橋は大変なことになっていますよ。あの橋を渡って逃げようなんて思っていたら、俺らみんなお陀仏になっちまう」
富三郎が息せき切って言う。
「橋を渡る以外、どんな方法があるのかね」
粂蔵の問いかけに、得意そうな顔で言った。
「船ですよ、船。粂旦那、若旦那、おまえたちもみんな、俺についてこい」
富三郎は、橋の下に古びた小舟が二艘、係留されていたことを知っていた。橋の上は阿鼻叫喚を呈していたのに、小舟に気をとめるものは誰もいなかった。

石巻の漁港出身の富三郎ならではの思いつきだった。横浜も、開港前までは漁村だったが、外国人とよそ者が多く住み着いて、漁村の面影はなくなっていた。粂蔵も下野国(栃木県)の出身で海には縁がない。仙之助の故郷の大曽根村にも海はないが、鶴見川が近かった。幼い頃はよく川遊びをして、小舟を操った経験もある。
仙之助は、小舟の中に置いてあった竿を取り出して言った。
「富三郎は、もう一艘を漕いで下さい」
「若旦那、大丈夫ですかい?」
「鶴見川で船を漕いでいたから大丈夫だ」
「こりゃあ、頼りになる。さあ、おまえたち、早く乗り込むんだ」
富三郎は、川岸で怯える女郎たちを促した。裸足のままの者もいる。みな一様におんぼろの小舟に躊躇しているようだった。次の瞬間、爆音と共に背後に火の手が上がった。
「きゃあああああ」
女の叫声が橋の上から響いた。橋の真ん中あたりで立ち往生していた大八車の山と積まれた荷物に火の粉が落ちて炎を上げたのだった。橋の上で折り重なるようにしていた人々はいよい逃げ場を失って、炎に追い立てられた。
仙之助の操る小舟には、女郎が十人ほど乗った。
富三郎の小舟には、義父の粂蔵と雇い人が数人、女郎も数人乗った。
川岸にはまだ女たちが残されていたが、富三郎はすぐに引き返してくると告げた。
仙之助は小舟の舳先に立って、竿を器用に扱いながら進む。最初はぎこちなかったが、すぐに舟を操る勘を取り戻した。
しばらくすると、先ほどよりも大きな爆発音がして、背後に火柱が上がった。
「きゃあああああ」
今度の叫声は小舟に乗った神風楼の女郎だった。
水面にオレンジ色の火柱が映り、火の粉が飛んでくる。
仙之助は、ただ前だけを見て必死に竿を操った。
次の瞬間、ふいに小舟が大きく揺れた。
仙之助は危うく振り落とされそうになり、舳先にしゃがみ込んだ。
振り返ると、女郎がひとり、水に飛び込んだのだった。火の粉が降りかかる中、恐怖でいたたまれなくなったのだろう。
「待っておくれよ」
もうひとりの女郎が立ち上がろうとした。
「駄目だ、駄目だ、落ち着け。対岸まであと少しだ」
仙之助は必死に女たちを制した。橋の上からも幾人もの女たちが身を投げていた。その様子を見て、気が動乱したのだろう。
水に飛び込んだ女郎を助けようとしたが、沈んでしまったのか、もう姿はなかった。

対岸にも大勢の人たちが集まっていた。群衆を見ていた女郎のひとりが声を上げた。
「愛之助さま」
起き抜けの浴衣姿ばかりの中、鮮やかな薄紫色の着物をまとっていた。
神風楼に足繁く通っていた異人の贔屓だったフジという女郎だった。日本語の達者なその異人が、愛之助と名乗っていたことを仙之助は思い出した。
意中の異人を群衆の中に見つけたのだろうか。
次の瞬間、薄紫色の着物がひらりと舞った。
仙之助はひやりとしたが、まもなく、水面に広がった着物の中からフジは顔を出し、小舟の方をちらっと見ると、器用にすいすいと泳いでいく。海辺の育ちだったのだろうか。
小舟より先に岸辺に辿り着くと、そのままフジは群衆の中に姿を消した。
富三郎の小舟は一足先に到着していた。岸辺に残した女たちを迎えに再び舟を出そうとしたが、真っ赤に燃える港崎(みよざき)遊郭にもはや近づくことはできなかった。
炎に包まれたおもかげ橋が焼け落ちるのが見えた。
富三郎は炎に向かって合掌した。富三郎の機転がなかったら、仙之助たちの命も危うかったことになる。仙之助は急に恐ろしくなり、膝がガクガクと震えるのを感じていた。
豚肉料理店から出火したことから「豚屋火事」と呼ばれた横浜の大火で、港崎(みよざき)遊郭は焼け落ちてしまった。神風楼も伊勢楼もすべて灰燼と化した。
炎はさらに広がり、外国人居留地も焼き尽くしたが、命を落とした者は、港崎遊郭の女郎が圧倒的に多く、四〇〇人にのぼったと伝えられる。一番の大店であった岩亀楼だけで三〇人はくだらなかった。
神風楼も、すべての女郎が助かったわけではない。それでも、富三郎がいてくれたことの幸運は大きかった。強風にあおられて荒れ狂った炎が鎮火したのは、夜もふけた亥の刻(午後十時)過ぎのことだった。
翌朝、粂蔵と仙之助、富三郎は再び小舟を操って港崎遊郭の焼け跡に向かった。
ところどころに黒焦げになった柱が残るだけで、あとは一面の焼け野原だった。
大通りからの位置を頼りに、三人は神風楼があった場所に辿り着いた。粂蔵は焼け跡の中に何かを見つけたようだった。大切そうに拾って手のひらに載せている。
「父上、何か見つかりましたか」
「天照大神の織物の破片だ。ほんの少しだけ焼け残っている」
差し出された糸くずのようなものは象牙色をしていた。
「アマテラスのご尊顔だな」
粂蔵は、そう言うと微笑を浮かべた。

「これは再建までのお守りにしておこう」
「神風楼をまたお建てになるのですか」
仙之助は息せき切ってたずねた。
「当たり前じゃないか。港がある限り、横浜はまだまだ栄えるに決まっている。異人たちも焼け出されて、築地の居留地に避難した者もおるが、すぐに戻ってくるさ。郭はな、血気盛んな男たちにはなくてはならぬものだ。おめおめと石橋になぞ戻れるか」
粂蔵は力強く断言した。
「新しい神風楼は、岩亀楼に負けない、異人に人気の店にするぞ」
「異人でございますか」
「そうだ。おまえの得意のエゲレス言葉で客をたくさん呼び込んでくれ」
「もちろんです」
「仙之助、いっそのこと異国に行ってきてはどうだ」
粂蔵の唐突な言葉に仙之助は驚いた。
「おまえが親しいヴァン・リードさんに頼めば、密航船くらい見つかるだろう。神風楼は必ず再建するが、そうは言っても時間はかかる。無為に時を過ごすことはない」
突然の雲を掴むような粂蔵の提案にぽかんとしている仙之助の横で、富三郎がいち早く反応して興奮気味に言った。
「若旦那、わしも連れて行ってもらえんかね。下働きでも何でもしますから」
開港まもない横浜に来て、山口の姓を名乗った日から、桟橋の先に広がる大海原を渡って異国に行くことをどれほど夢見てきただろうと仙之助は思った。黒船の出入りも頻繁な横浜では、船底に忍び込んで密航を試みる猛者の話もよく聞いた。それでも、我が事と考えなかったのは、養家の商売が優先すると思っていたからだ。しかし、神風楼を異人相手の店にするという粂蔵の野望があるのなら、そのために期待をかけらているのなら、もはや遠慮も何もない。どんなことをしても異国に渡ろうと仙之助は決意した。
外国人居留地も焼けたと聞き、まずはヴァン・リードの消息を訪ねようとしたが、無意識のうちに足が向いたのが仙太郎の蒲田にある実家だった。
横浜の大火の噂を聞いているかもしれない。仙之助は自分の無事をまず伝えなければと思った。そして、異国に行く夢を誰よりも共有すべきは仙太郎だと思った。
病気がちだったヴァン・リードも海を渡り、帰国してからはすっかり元気になった。潮風が健康回復に効果があるという説が本当であれば、何としてでも仙太郎を異国に渡る船に乗せたいと思った。
神奈川宿から異人襲撃のあった生麦村を経て鶴見川にかかる鶴見橋をめざす。
郊外に出ると、横浜の惨状が嘘のようにのどかな風景が続いていた。
鶴見橋を渡り、六郷の渡しについた。仙太郎と横浜に向かった日のことを思い出す。
渡し船は平底の伝馬船だから、大八車を乗せることも出来る。どんな状況でも仙太郎を横浜まで再び連れ帰ろうと、無意識のうちに算段していた。
六郷の渡しを過ぎれば蒲田は近い。

梅屋敷のあたりを過ぎ、仙太郎の実家がある集落にさしかかった時のことだった。白い提灯を掲げた野辺送りの葬列が遠くに見えた。
葬列に出会うなんて縁起でもない、と仙之助は思った。
「南無阿弥陀仏」とつぶやいて、仙太郎の実家の漢方医院を足早にめざした。
だが、葬列は、仙之助の後を追いかけるようにこちらに向かってくる。
しばらく歩いて、再び振り返ったが、なおも葬列はまっすぐ仙之助のほうに進んでくる。
仙之助は、振り切るように小走りで、漢方医院の門に辿り着いた。
しばらく肩で息をしてから、門の中に入ろうとした時のことだった。後ろから声をかけられた。
「仙之助さん」
聞き覚えのある声の主は、仙太郎の兄だった。
「横浜では大火があったそうですが、ご無事でいらっしゃいましたか」
「はい、仙太郎さんに無事を知らせるため、参りました」
答えた瞬間、仙太郎の兄が位牌を抱いて弔い装束をまとっていることに気づいた。
「まさか……」と言いかけて喉の奥が詰まって声にならない。
仙太郎の兄は何も言わずに、ただ小さくうなずいた。
「まさか……今日の野辺送りは……」
「仙太郎を送ってきたところでございます。横浜であんな大火があったばかりなのに、仙太郎の野辺送りに仙之助さんがいらしてくださるなんて。あの世でさぞかし喜んでいることでしょう」
「……」
葬列に出会った時から予測していたことだったのに、仙之助はどうにも事実を受け入れられずにいた。悲しみと悔しさと怒りとが交互に押し寄せてきて、言葉にならない。怒りとは、何か漠然とした、人の運命とでも言うものに対してのもので、矛先をどこに向けたらいいのかわからない感情だった。
「医者であるのに、仙太郎の病を治せなかったのは無念です。蘭方医であれば助けられたのかもしれません……。いや、今は医術もエゲレスやメリケンの時代でしょうか」
「異人も同じような病に苦しんでおります。彼らとて、特効薬のない病はいくらもあります。そんな時、大海原を航海して潮風にあたると健康を回復すると彼らは申します。仙太郎さんと……海を渡りたかった。いや、何としてでも、私がお連れするつもりでした」
「仙太郎も、仙之助さんと異国に行くのだと、最期の最期まで……申しておりましたよ」
その言葉に仙之助は、思わず涙をこぼした。
「仙太郎の形見がございます。とりあえず、お上がり下さい」
仙太郎が療養していた座敷に通された。
主のいない部屋は、がらんとしていた。部屋の片隅に文机があり、そこに位牌と線香立てがおかれた。
「今もって来ますので、お参りしてやってください」
線香を上げ、位牌に手を合わせた。それでも、やはり現実のことと思えない。
形見とは、ジョン・万次郎が編纂した『英米対話捷径』だった。仙太郎が手に入れてきて、二人が初めて英語に接した思い出深い本だ。
「この本は、あなたが持っていて下さるのが一番だ」
「仙太郎さんの遺言でしょうか」
「最期の最期まで、生きる望みを捨てていなかったので遺言はありません。でも、あの世でそう思っているに違いありません」
仙之助の涙腺が再び緩む。
「それと、もうひとつ」
手のひらに載せられていたのは、キラキラ光る赤い玉だった。

ヴァン・リードが売りに来たクリスマスツリーの飾りをひとつ懐に入れ、正月休み明けに仙太郎に渡したことを思い出した。それをずっと大事に持っていてくれたなんて。
仙太郎の異国へのせつない憧憬をあらためて見たような気がして、仙之助は胸が詰まり、いよいよ涙が止まらなくなった。
仙之助はすべてを失ったと思った。
豚屋火事で、養家の神風楼は焼け落ちてしまった。
そして、かけがえのない友である仙太郎が亡くなってしまった。
とりわけ仙太郎のことは、どうしても現実のことだとは思えなかった。
悪い夢を見ているような気がしてならない。とぼとぼと力なく歩く仙之助の後ろから、仙太郎がおーいと叫びながら追いかけてくるのではないか。あの野辺送りはお前を驚かすための悪戯だったと、仙太郎が笑いかけたなら。仙之助は、あり得るはずのない想像をしては、こみ上げる感情を抑えきれなくなって、また泣いた。
出会った頃の仙太郎を思い出す。将来を見込まれて日本橋の大店の養子になっただけあり、頭の回転が速く、本当に賢かった。要領の良さが取り柄の仙之助は、到底かなわない頭の良さをうらやましく思った。だが、そんな秀才の仙太郎が、自分にないものを仙之助に見出して、弟のように接してくれるのがうれしかった。仙太郎がいなかったなら、英語の稽古もはかどらなかったに違いない。二人でいれば何でもできる気がした。海を渡って異国に行っても、怖いものなどないと思っていた。
仙太郎の野辺送りはささやかなものだった。
貧しい漢方医の兄にとっては、それが精一杯だったのだろう。病を得て実家に戻されてから、養家からの音信はなかったのだろうか。跡継ぎとしての未来が見通せなくなれば、実子でない仙太郎は用無しということだったのか。

仙之助は、自分自身に思いをおよばせた。
神風楼の焼け跡で、異国に行って来いと告げた粂蔵の真意はどこにあったのか。
火事で全てを失った粂蔵にとって、もしかして自分もまた厄介者なのではないか。
不安と心許なさが、仙太郎を失った悲しさに重なって、どうにもやるせなくなる。
ひとしきり涙にくれた後、泣いている場合ではないと仙之助は我に返った。
粂蔵の真意がどこにあろうとも、縁があって開港地の横浜に来て、英語の稽古に励み、異国に行く伝手もある。それは希有な幸運と言うべきものだ。
全てを失ったと思ったけれど、ユージン・ヴァン・リードとのつながりは、まだ失っていないはずだ。そう思った瞬間、仙之助は、急にヴァン・リードの消息が心配になった。
仙之助は、ヴァン・リードは豚屋火事を生き延びているに違いないと、勝手に思い込んでいた。だから、真っ先に彼の無事を確かめなかったのだ。全焼した港崎(みよざき)遊郭より外国人居留地は被害が少なかったと聞いていたこともあったが、太平洋の遭難を生き延びたヴァン・リードの強運が、そう信じさせたのだった。
だが、もしヴァン・リードを失ったなら、本当に全部を失ってしまうことになる。
仙之助は涙をふいて、空を見上げた。泣いている場合ではない。
一刻も早くヴァン・リードに会わなければ。
わらじの紐を締め直すと、仙之助は小走りに横浜をめざした。
豚屋火事は、外国人居留地にも大きな被害をもたらしていた。
ヴァン・リードの事務所のある海岸通りも、堅牢な石造りの建物があちらこちらで焼け落ちている。一帯に焼け焦げたような匂いが漂い、通りを行き交う異人の姿もまばらだった。
ヴァン・リードの事務所の立派な建物は屋根が焼け落ちて、黒焦げになった石がゴロゴロとあたりに転がっている。柱や窓枠などは焼け残っていたが、廃墟のようだった。
仙之助は、呆然として立ちすくんだ。

にわかに不安な気持ちがわきあがる。だが、ここで待っていれば、ヴァン・リードはきっとやってくるに違いないと信じた。
埠頭の先に続く海だけが以前と同じだった。
仙之助は、焼け残った石の上に腰をおろした。
海岸通りに再び目をやると、大八車を引いてこちらにやってくる人影が見えた。
遠目からでも服装で異人であることがわかる。大八車に載せた荷物が重いのだろう、異人はうつむき加減に下を向いたまま、大八車を引いていた。
仙之助は、懐から仙太郎の遺品として手渡された赤い光る玉を取り出した。
「クリスマスツリー……」
大八車を引く異人の姿に、神風楼にクリスマスツリーを売りに来たヴァン・リードの姿が重なった。そうだ、間違いない。
「ヴァン・リードさん」
仙之助は、大声で叫びながら駆け寄っていった。
ところが、顔を上げた異人はヴァン・リードではなかった。背格好はよく似ているが、見たことのない異人だった。
仙之助は、当惑と失望の表情で言った。
「I am sorry. (すみません)」
すると異人は、たいして驚いた様子もなく、仙之助に問いかけた。
「Do you know Mr. Van Reed? (おまえは、ヴァン・リードさんを知っているのか)」
「Yes, Do you know Mr. Van Reed?」
オウム返しに仙之助もたずねた。
「Now We are working together. (今は一緒に働いている)」
「Is he fine? (彼は無事ですか)」
「Of course(もちろんだとも)」
異人は、ありふれたジョンというファーストネームを名乗り、ヴァン・リードと古着を売る商売をしていると語った。火事で焼け出された異人たちは、着るものに不自由していた。彼らは被災を免れた異人から服や靴を高額で買い取り、さらなる高値で焼け出された人たちにそれらを売った。商売が成り立ったのは、当時、西洋人の着る洋服や靴は、開港地にしかなかったからだ。横浜に数軒あったテイラーも焼け出されていた。
外国人居留地のはずれにある倉庫のような建物がユージン・ヴァン・リードの仮住まいだった。外壁が少し焦げていたが、延焼は免れたものらしい。

ジョンと名乗る異人と共に大八車を引いてあらわれた仙之助を見ると、ヴァン・リードは相好を崩した。
「センノスケ、タッシャデアッタカ」
「Yes, I am fine. (はい、元気でおります)」
「ジンプウロウモヤケテシマッタナ。オマエノチチハタッシャデオルカ」
「はい、おかげさまで」
「センタロウハ、タッシャデオルカ」
「……」
「ヤマイガワルイカ?」
仙之助はうつむいたまま、首を振った。
「仙太郎は……」
いいかけたまま、言葉に詰まって、涙があふれてきた。ヴァン・リードはその表情をみて事情を察したようだった。二人の間にしばしの沈黙が流れた。
「センタロウハ……、Is he in heaven(天国にいるのか)?」
「Heaven?」
仙之助が聞き返すと、ヴァン・リードは答えた。
「ゴクラク……、ゴクラクジョウドノコトダ」
「極楽浄土……」
小さくうなずいた仙之助にヴァン・リードは意外なことを言った。
「オマエモHeavenニイクカ?」
「えっ、死ねと、切腹せよとおっしゃるのですか」
「NO、NO、ハラキリデハナイ」
「What do you mean? (どういう意味ですか)」
「コノヨノ……ゴクラクジョウドダ」
「この世の極楽浄土?」
「イカニモ。センタロウハ、アノヨノゴクラクジョウド、センノスケハ、コノヨノゴクラクジョウド」
「Where is my heaven(私の極楽浄土はどこにあるのですか)?」
「Beyond the sea(海の向こうだ)」
「メリケンですか?」
「メリケンデハナイ、Hawaiiだ」
「Hawaii?」
「イカニモ」
仙之助は目を輝かせて、ヴァン・リードが語るこの世の極楽浄土の話に聞き入った。
太平洋の真ん中にある群島で、一年中、浴衣で過ごせるような常夏の気候に恵まれている。日差しは強いが、海を渡る貿易風が心地よく、横浜や江戸の夏のように蒸し暑いことはない。島の至るところに南国特有の花が咲き、馥郁(ふくいく)とした花の香りを含んだ風に吹かれる気持ちよさは、極楽浄土以外の何ものでもないと、ヴァン・リードは熱弁した。

群島は欧米の地図には、サンドウイッチ諸島と記載されていたが、王国の名称であり、先住民たちの呼び名であるHawaii、すなわちハワイこそが、この美しい島々にはふさわしいとヴァン・リードは思っていた。
ハワイ王国の日本総領事という肩書きは、彼の野望と自負心を満たすものだったが、それだけがこの任務を引き受けた理由ではない。日本とハワイは、国のありようは対照的だったが、太平洋の小国として、共通する危うさがあると思っていた。二つの国がつながりを持つことは何らかの意味を持つに違いない。
初代カメハメハは、外国から武器を手に入れて諸島を統一した。ハワイ王国は、成立の最初から外国人の影響を受けていた。
ハワイでは外国人のことを「ハオレ」と呼ぶ。ハワイ以外の人という意味だが、もっぱら欧米人のことを指している。
日本人が呼ぶ「異人」も同じような意味である。
だが、一方で日本人は「攘夷」という外国人排斥のテロリズムの思想において、「さげすむべき敵」という意味の「夷狄」という呼び名を外国人に与えた。
日本は長く国を閉ざすことで、自立した政治と経済を維持してきた。徳川幕府が弱体化した今は、諸藩がそれぞれ外国勢力と結びついているが、彼らは、いつも外国人を警戒している。そうした激しい拒絶はハワイにはない。
ハオレは王国の統治に西欧式の仕組みを導入することで、政治に介入し、自分たちに有利な法を制定して土地を手に入れた。王女たちは次々とハオレの商人と結婚し、その影響力は経済にもおよんでいた。ハオレは、王国そのものの未来さえ、自分たちに都合の良いほうに誘導しようとしていた。
ヴァン・リードの知っているハワイは、もっぱら船が寄港する首都のホノルルだった。
街並みは欧米のどこの都市にもある陳腐なものであり、ホノルルの小さな社交界は、ハワイの利権を牛耳ろうとする外国人たちが見栄の張り合いや足の引っ張り合い、くだらない噂話にばかり終始していてうんざりした。
この世の極楽浄土どころか、搾取とまやかしが横行する悲しい島なのかもしれなかった。
それでも、吹く風は爽やかだった。
海も空も青く、オレンジ色の夕陽も雨上がりの緑もせつないほどに美しかった。
ハワイを離れると、ことさらにそのことに気づかされる。
気がつくと、あの風を懐かしく思っている。
仙之助をハワイに送ることは、ヴァン・リードが唐突に思いついたことだった。
ハワイ王国の総領事として任命された日本人移民の計画をそろそろ実行に移さなければならなかった。神風楼に雇ってもらった牧野富三郎は、これから募集する移民団を率いる候補になると目論んでいたが、よく考えてみれば、仙之助のほうが多少の英語がわかるし、機転も利く。まずは仙之助をハワイに送り、移民団を迎えれば安心なのではないか。
渡航の船賃だけ工面できれば、仙之助は、現地でハウスボーイでも何でも器用にこなして移民を迎え入れる準備をするに違いない。
「Wind……、風が違うのですか」
「ソレダケデハナイ。ウツクシイトコロダ」
仙之助は、戸惑っているようだった。物見遊山で異国に行くのではない。極楽浄土のように美しいと言われても、太平洋の孤島になぞ行きたくはないに違いなかった。
「オマエハ、メリケンニイキタイカ?」
「Yes, I want to learn English(はい、英語を勉強したいのです)」
「Don’t worry, Many Americans live in Hawaii. You can learn English. (心配するな、ハワイにはたくさんのアメリカ人が住んでいる。英語の勉強はできる)」
仙之助の表情がほっとしたように明るくなった。ヴァン・リードは居住まいを正し、かしこまった表情で告げた。
「I am a Consul General of Japan in Hawaiian Kingdom(私はハワイ王国の日本総領事である)」
「ハワイの王様から重要なお役目を預かっておられるのですね」
当意即妙な返事に驚いてヴァン・リードは聞いた。
「Do you know the meaning of a Consul General(おまえは総領事の意味するところをわかっているのか)?」
「No, but, I understand it means something important.(いいえ、ですが、何か重要なお役目であることは理解しています」
ヴァン・リードは笑いながら、仙之助の肩を叩いた。

言葉の意味がわかならなくても、前後の文脈から意味を取り、躊躇うことなく会話を進めることができる。仙之助には生来の語学の才があるのかもしれない。一人でハワイに送っても心配ないと思った。
日本人移民を送る計画の先遣としてハワイに行ってほしいと言うと、英語の勉強ができると言われた時よりも、もっとうれしそうな表情になった。
ヴァン・リードの任務を任されることが誇らしかったのだろう。だが、それ以上に仙之助は、被災した遊郭の息子である自分の立場をわきまえていた。藩の後ろ盾があるサムライのような留学がかなうはずはない。異国に行って来いと粂蔵は言ったが、渡航費の無心まではできない。異国に行く夢は、自分で切り開くしかないと思っていた。
一八六七(慶応三)年一月、横浜港の埠頭からパリ万博に参加する将軍慶喜の弟、徳川昭武の一行がフランスに向けて旅立った。三一人の随行者の中には、後に日本の資本主義の父と呼ばれ、ホテル業の発展にも尽力した渋沢栄一もいた。
幕府の使節団は、日米修好通商条約の批准のため、一八六〇(万延元)年に派遣された遣米使節、ロンドン万博の開催された一八六三(文久三)年の遣欧使節に次ぐものだった。
幕末、海外渡航をしたのは彼らだけでなない。長州や薩摩も貿易商のトーマス・ブレーク・グラバーらの手引きで留学生を派遣したが、彼らは鎖国の禁を犯す密航者だった。出国にあたっては、それぞれ本名とは異なる変名を名乗り、密かに旅立った。幕府のお墨付きがなければ、国外に出ることは厳しく禁じられていたのである。
横浜などの港が開かれ、外国人の出入りが許される以前は、偶発的な遭難だけが日本人が国境を越える唯一の可能性だった。幕府は大船建造禁止令を出して、海を越えて異国に行ける船の建造さえ禁止していた。
小さな漁船や商船はしばしば遭難し、外国船に助けられた。だが、そうした漂流者の帰国でさえ、ジョン万次郎やジョセフ・ヒコがそうだったように命がけだった。
たとえば、ジョセフ・ヒコと同じ船で遭難した日本人のひとりにサム・パッチと呼ばれた船乗りがいた。彼はペリーの黒船来航の時、軍艦サスケハナ号に乗組員として乗船していたと伝えられる。念願の母国に上陸もしている。だが、鎖国の禁を犯したことの恐ろしさに、ただ怯えて土下座をしていたという。幕府の役人から帰国を認められたものの、結局、アメリカに戻っている。帰国後の身の安全が不安だったのだろう。
ヴァン・リードがハワイで出会ったキサブローも帰国できずにいた漂流者だった。ハワイ王国の日本総領事という肩書きのあるヴァン・リードの随行者として首尾よく帰国したが、もしあのまま、ハワイにいたら帰国は叶わなかったに違いない。
ジョン万次郎と同じ船に乗っていた者たちも、彼以外はハワイで人生を終えている。彼がヴァン・リードと出会った当時も、ハワイには日本人の漂流者が何人かいたという。ジョン万次郎やジョセフ・ヒコのように強い意志を持って帰国した者は数少ない例外だったのだ。

幕末になっても、海を越える日本人は、幕府の使節団でなければ、漂流者か密航者という時代が長く続いていた。ところが一八六六年、幕府は留学や商売で海外渡航をする者に「御免の印章」という免状を発給することを決めた。ついに密航ではなく、海外渡航する道が開かれたのだった。
ヴァン・リードは、ハワイに送る移民団に道が開かれたと思った。幕府との厄介な交渉が必要だったが、じっくり準備をすればいい。この免状を申請することに決めた。
だが、仙之助は一刻も早くハワイに送りたい。
ややこしい手続きに時間をとられるのはおしい。ほんの少し前までは、誰もが密航者だったのだ。仙之助は密航でかまわないだろうとヴァン・リードは考えていた。